トゥレット症候群DBS治療の現状と課題:エビデンスと最適化への展望
はじめに
トゥレット症候群は、複数の運動チックと一つ以上の音声チックが持続的に存在する神経発達症です。多くの症例では薬物療法や行動療法が有効ですが、一部の症例はこれらに抵抗性を示し、重度のチックが日常生活に著しい障害をもたらすことがあります。このような難治性トゥレット症候群に対する治療選択肢として、脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation: DBS)が探索的に適用され、一定の有効性が報告されています。
本稿では、難治性トゥレット症候群に対するDBS治療の現在のエビデンス、主要なターゲット部位、臨床実践における課題、そして今後の展望について概説いたします。
トゥレット症候群に対するDBSの臨床エビデンス
トゥレット症候群に対するDBSは、主に薬物療法や行動療法に抵抗性の重症例を対象として行われています。これまでの臨床研究は、比較的小規模なケースシリーズやオープンラベル試験が中心でしたが、近年では多施設共同研究やランダム化比較試験(RCT)も実施され始めています。
主要な研究成果としては、Ticの重症度評価尺度であるYale Global Tic Severity Scale (YGTSS) スコアの改善が多くの報告で認められています。特に、重度の運動チックや音声チックに対して有効性が示唆されています。ただし、その効果の程度や持続性、患者間のばらつきが大きいことも指摘されています。
RCTの一つでは、DBS群と対照群(シャム刺激または標準治療)を比較し、DBS群で統計的に有意なYGTSSスコアの改善が認められました。しかし、研究デザインや対象患者群の異質性から、エビデンスレベルは精神疾患DBSの他の適応症(例:強迫性障害)と比較すると、まだ発展途上の段階にあると言えます。
主要なターゲット部位
トゥレット症候群に対するDBSのターゲット部位は複数検討されていますが、主に皮質-線条体-視床-皮質(CSTC)ループに関連する領域が選択されています。これは、トゥレット症候群の病態生理にこのループの機能異常が関与していると考えられているためです。
代表的なターゲットとしては以下の領域が挙げられます。
- 視床(Centromedian-parafascicular nucleus complex of the thalamus: CM-Pf): 運動機能や連合野とのネットワークに関与しており、チックの発生に深く関連すると考えられています。比較的多くの研究でターゲットとして選択され、有効性が報告されています。
- 淡蒼球内節(Globus Pallidus Internus: GPi): 大脳基底核の出力核であり、運動制御に関与しています。パーキンソン病DBSの主要ターゲットでもありますが、トゥレット症候群に対しても有効性が示されています。特に腹側部(ventral GPi)がターゲットとなることが多いです。
- Nucleus Accumbens (NAc)/Ventral Capsule (VC)/Ventral Striatum (VS): 強迫性障害やうつ病のDBSターゲットとして知られていますが、トゥレット症候群に高率に合併する強迫症状や情動面の症状改善を目的としてターゲットとされることがあります。チックそのものへの効果も報告されていますが、単独ターゲットとしてのエビデンスは限定的です。
これらのターゲットは単独で用いられることも、両側性に刺激されることもあります。どのターゲットが最も効果的かについては、症例の症状プロファイル(運動チック主体か、音声チック主体か、合併症の有無など)や研究デザインによって異なり、依然として議論の余地があります。
臨床的課題と最適化への展望
トゥレット症候群に対するDBS治療の臨床現場における課題は多岐にわたります。
- 患者選択の最適化: 難治性の定義やDBS適応基準は確立されておらず、どの患者がDBS治療によって最も恩恵を受けるかを事前に予測することが困難です。特に、重症度評価、薬物療法への反応性、精神医学的合併症(強迫性障害、ADHD、うつ病など)の評価が重要となりますが、これらの因子とDBS効果との関連は完全には解明されていません。
- ターゲットおよび刺激パラメータ設定: 前述の通り、ターゲット部位の選択に加えて、最適な刺激パラメータ(電圧、パルス幅、周波数)の特定も症例ごとに異なります。術後のプログラミングには時間を要し、効果発現までに数ヶ月かかることも少なくありません。個別化された刺激戦略の開発が求められています。
- 効果のばらつきと持続性: 一部の症例で著効する一方で、効果が限定的であったり、長期的に効果が減弱したりする症例も報告されています。効果予測マーカーの同定や、長期的な効果維持のための戦略(例:刺激パラメータの調整、リハビリテーションとの併用)が必要です。
- 合併症と有害事象: DBS手術自体に伴うリスク(出血、感染など)に加え、刺激に関連した有害事象(ジストニア、構音障害、気分変化など)が発生する可能性があります。特に精神症状への影響は、ターゲットや刺激パラメータによって異なるため、注意深いモニタリングが求められます。
- 合併症への影響: トゥレット症候群に高率に合併する強迫性障害やADHD、気分障害などに対するDBSの効果も症例によって異なり、チックとは独立したターゲット選択やパラメータ設定が必要となる場合があります。
これらの課題を克服し、DBS治療効果を最大化するためには、以下の方向性での研究・技術開発が重要となります。
- 脳機能イメージングと電気生理学: 術前・術中の脳機能イメージングや局所フィールド電位(LFP)などの電気生理学的モニタリングにより、より精密なターゲット同定や個別の脳ネットワーク特性に基づいた刺激パラメータの最適化を目指す研究が進められています。
- 適応的DBS(aDBS): 患者の脳活動(例:LFP)の変化をリアルタイムで検出し、それに応じて刺激パラメータを自動的に調整するaDBSシステムは、より効率的かつ副作用の少ない刺激を提供できる可能性を秘めています。トゥレット症候群においても、チックに関連する神経生理学的マーカーの同定とaDBSへの応用が期待されています。
- 多施設共同研究とレジストリ: 症例数が限られる難治性疾患であるため、多施設でのデータ共有やレジストリ構築により、より多くの症例データを集積・解析することで、効果予測因子や最適な治療戦略の特定が進むと考えられます。
結論
難治性トゥレット症候群に対するDBS治療は、重症例に対して有効な選択肢となりうる神経調節療法です。これまでの研究で一定の有効性が示されていますが、エビデンスはまだ発展途上にあり、最適な患者選択、ターゲット、刺激パラメータ、長期的な効果維持など、臨床実践上の多くの課題が残されています。
今後の展望としては、脳機能イメージングや電気生理学を用いた精密なターゲット・パラメータ設定、患者個々の脳ネットワーク特性に基づいた個別化治療、そして適応的DBSといった技術革新が、治療効果の向上と副作用の軽減に貢献すると期待されます。また、多施設共同研究や国際連携を通じたデータ蓄積が、エビデンスの構築と臨床ガイドラインの確立に不可欠です。
難治性トゥレット症候群に対するDBS治療は、未だ解決すべき課題は多いものの、適切に選択された症例においては、QOLを大きく改善させる可能性を秘めています。今後の研究の進展と技術の成熟が、この治療法の更なる発展に繋がることを期待いたします。