精神疾患DBSにおけるリアルタイム脳活動モニタリング:術中MER・LFP活用と臨床的意義
精神疾患DBSにおける術中リアルタイム脳活動モニタリングの重要性
脳深部刺激療法(DBS)は、薬剤抵抗性のパーキンソン病や本態性振戦など、特定の神経疾患に対して確立された治療法であり、近年、難治性の精神疾患、特に強迫性障害(OCD)や重症うつ病(MDD)などにも応用が拡大されています。精神疾患に対するDBSにおいては、非精神疾患と比較して病態に関わる脳回路が複雑かつ広範であり、また治療ターゲットとなる脳領域(例:内包前肢周辺、腹側線条体/腹側被蓋野)が微細な構造を持つことから、正確なターゲット設定と電極留置が治療効果を左右する極めて重要な要素となります。
このターゲット設定の精度向上に不可欠な技術の一つが、定位脳外科手術中にリアルタイムで実施される脳活動モニタリングです。特に微小電極記録(Microelectrode Recording: MER)とローカルフィールド電位(Local Field Potential: LFP)の測定は、神経生理学的な情報を提供し、画像誘導のみでは得られない詳細な情報を補完することで、より機能的なターゲット同定を可能にする手法として注目されています。本記事では、精神疾患DBSにおける術中MERおよびLFPモニタリングの現状、その臨床的意義、そして今後の展望について探ります。
術中微小電極記録(MER)とローカルフィールド電位(LFP)とは
術中脳活動モニタリングにおいて主に用いられるMERとLFPは、異なるレベルの神経活動を捉えます。
- 微小電極記録(MER): 脳組織に挿入された細い電極(通常10マイクロメートル程度)を用いて、単一または数個の神経細胞の活動電位(スパイク)を記録する手法です。特定の脳核や経路を通過する際のニューロンの発火パターンや背景ノイズなどをリアルタイムで評価することで、画像上では判断しにくい機能的な境界線や、目的とする神経核への到達を確認するために使用されます。パーキンソン病のDBSにおける視床下核(STN)や淡蒼球内節(GPi)の同定において確立された技術です。
- ローカルフィールド電位(LFP): MERよりも太い電極を用いて、多数の神経細胞のシナプス後電位や活動電位から生じる、比較的ゆっくりとした電位変動を記録する手法です。これは特定の脳領域における神経細胞集団の同期活動を反映しており、特定の周波数帯域のLFPパワー(例:β波、γ波など)が、病態や機能状態と関連していることが示されています。精神疾患DBSのターゲット領域においても、特定の病態に関連するLFPシグネチャの存在が示唆されており、術中モニタリングや術後の適応的刺激(aDBS)におけるバイオマーカーとしての活用が期待されています。
精神疾患DBSにおけるMER・LFP活用の現状と臨床的意義
精神疾患DBSにおける術中MERおよびLFPモニタリングの活用は、パーキンソン病などと比較してまだ発展途上の段階にありますが、いくつかのターゲット領域においてその有用性が検討されています。
例えば、強迫性障害に対するDBSの主要ターゲットである内包前肢(Anterior Limb of Internal Capsule: ALIC)や腹側線条体/腹側被蓋野(Ventral Striatum/Ventral Tegmental Area: VS/VTA)周辺領域は、複雑な神経線維束や核が密集しており、画像のみでの正確なターゲティングが困難な場合があります。術中MERによって特定の神経核(例:内側前脳束 MFBなど)を同定したり、病態に関わる神経活動パターンを捉えようとする試みがなされています。
また、LFPに関しては、うつ病やOCDに関連する特定の脳領域(例:腹内側前頭前野 vmPFC、ALIC、VSなど)において、病態状態と相関する特定の周波数帯域のLFP活動が見られることが示唆されています。術中にこれらのLFPシグネチャを検出することができれば、電極位置の機能的な妥当性を術中に評価する指標となり得ます。これにより、画像情報と神経生理学情報を組み合わせた、より精密なターゲット検証が可能となります。
術中モニタリングから得られる情報は、単に電極位置を確認するだけでなく、術後の刺激パラメータ設定においても重要な示唆を与える可能性があります。特定の神経活動パターンやLFPシグネチャが、その後の治療反応と関連していることが明らかになれば、術中の情報に基づいて初期刺激パラメータを最適化できるかもしれません。これは、術後プログラミングに要する時間を短縮し、早期の治療効果発現に繋がる可能性があります。
課題と今後の展望
精神疾患DBSにおける術中MER・LFPモニタリングは有望な技術ですが、いくつかの課題が存在します。
まず、精神疾患の病態と関連する脳活動パターンやLFPシグネチャは、非精神疾患と比較して多様であり、個々の患者や疾患サブタイプによって異なると考えられています。したがって、術中モニタリングの結果をどのように解釈し、ターゲット設定や刺激パラメータに結びつけるかについての、さらなる研究と標準化が必要です。
次に、精神疾患患者は術中の意識状態や精神状態がMER/LFP記録に影響を与える可能性があります。覚醒下手術の場合、患者の協力や状態管理も重要となります。
今後の展望としては、以下の点が挙げられます。
- 病態特異的なバイオマーカーの同定: 大規模な臨床研究を通じて、各精神疾患およびそのサブタイプにおける、治療反応性の予測に繋がる術中MER/LFPシグネチャを同定すること。
- データ解析技術の発展: 術中リアルタイムでMER/LFPデータを解析し、臨床医に有用な情報としてフィードバックするための高度な信号処理・機械学習技術の開発。
- 多角的情報の統合: 画像情報(MRI, PETなど)、電気生理学情報(MER, LFP)、臨床情報などを統合的に解析し、個々の患者にとって最適なターゲティング戦略を確立すること。
- 術後モニタリングへの応用: 術中に得られたLFP情報を基に、術後DBSデバイスに内蔵されたモニタリング機能を用いて病態関連LFPを検出し、刺激パラメータを自動調整する適応的DBS(aDBS)システムの開発・実用化。
精神疾患DBS治療の精度と効果をさらに向上させるためには、術中リアルタイム脳活動モニタリング技術の臨床応用を深化させることが不可欠です。MERとLFPによって得られる神経生理学的知見は、正確なターゲット設定、個別化されたプログラミング、そして将来的にはフィードバック制御システムへと繋がる重要な橋渡しとなるでしょう。今後の研究の進展が待たれる分野です。