精神疾患DBSが精神生理学指標としての睡眠・概日リズムに与える影響:最新研究と臨床的意義
はじめに
精神疾患、特に難治性の症例においては、不眠や過眠、概日リズム障害といった睡眠障害を高頻度に合併し、これが疾患の経過や予後、患者様のQoLに大きく影響することが知られています。脳深部刺激療法(DBS)は、難治性精神疾患に対する治療選択肢の一つとして研究が進められていますが、DBSによる神経回路への介入が、単に主たる精神症状だけでなく、精神生理学的な側面、とりわけ睡眠や概日リズムにどのような影響を与えるのかは、臨床的に重要な関心事です。
近年、精神疾患に対するDBS研究において、睡眠・概日リズムの変化を客観的に評価する試みが増えてきています。本稿では、精神疾患DBSが睡眠・概日リズムに与える影響に関する最新の研究動向、考えられる作用機序、および臨床現場での意義や今後の展望について探ります。
DBSと睡眠・概日リズムの脳内メカニズム
睡眠と覚醒の調節、および約24時間の概日リズムは、脳内の特定の神経核やネットワークによって厳密に制御されています。視床下部の視交叉上核(Suprachiasmatic Nucleus: SCN)は概日リズムの中枢として機能し、外界からの光刺激などを受け取って体内時計を調節しています。また、脳幹網様体賦活系、視床、前脳基底部、視床下部、特定の視床下部核(例:外側視床下部オレキシンニューロン)などは、睡眠・覚醒状態の維持と移行に重要な役割を担っています。さらに、情動や報酬、意思決定に関わる大脳辺縁系や前頭前皮質のネットワークも、ストレス応答や情動調節を介して睡眠に影響を与えることが示唆されています。
精神疾患に対するDBSの主要なターゲット領域である内側前脳束(Medial Forebrain Bundle: MFB)の一部、側坐核(Nucleus Accumbens: NAc)/腹側線条体(Ventral Striatum: VS)、腹側内包/線条体(Ventral Capsule/Ventral Striatum: VC/VS)、視床下部腹内側核(Ventromedial Hypothalamic Nucleus: VMH)、および特定の皮質領域などは、上記のような睡眠・覚日リズム調節に関わる脳領域と解剖学的・機能的に密接なつながりを持っています。したがって、これらの領域へのDBSが睡眠や概日リズムに影響を与える可能性は十分に考えられます。例えば、側坐核や腹側内包は、報酬系や情動系の一部として、また視床下部の一部としても、睡眠・覚醒調節に関与している可能性があります。
精神疾患DBSによる睡眠・概日リズムへの影響に関する研究動向
精神疾患に対するDBS治療後の睡眠・概日リズムの変化については、疾患や刺激ターゲットによって報告が異なります。
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難治性うつ病(TRD)に対するDBS: TRD患者では不眠や概日リズムの位相後退などがよく見られます。TRDに対するDBS、特にVC/VSやNAc/VSをターゲットとした研究において、一部の症例で睡眠の質の改善が報告されています。例えば、ある研究では、DBS治療により全睡眠時間が増加し、入眠潜時が短縮したという報告があります。しかし、一方でDBSが覚醒を賦活し、不眠を悪化させる可能性を示唆する報告や、睡眠構造(睡眠段階の割合など)に明確な変化が見られないとする報告もあり、一貫した見解には至っていません。刺激パラメータ(頻度、パルス幅、電圧)や刺激位置、あるいは患者様ごとの脳回路特性によって、睡眠への影響が異なる可能性が示唆されています。
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難治性強迫性障害(OCD)に対するDBS: OCD患者でも不眠を訴える方が少なくありません。VC/VSやNAc/VSをターゲットとしたOCDに対するDBS研究では、OCD症状の改善に伴い睡眠の質が改善したという症例報告や小規模な研究が見られます。しかし、これはOCD症状そのものの改善に二次的に生じた効果なのか、DBSによる直接的な睡眠調節効果なのかは明確ではありません。また、OCD患者ではDBS刺激中にアパシーや過覚醒などが生じることもあり、これが睡眠に影響を与える可能性も考えられます。
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その他の精神疾患に対するDBS: 難治性依存症に対するNAc/VS DBSや、トゥレット症候群に対する視床DBSなど、他の精神疾患に対するDBSにおいても、睡眠の変化が観察されることがあります。依存症患者では概日リズムの乱れがよく見られますが、DBSがこのリズムをどのように修正するかの詳細はまだ不明です。トゥレット症候群ではチック症状の改善に伴い睡眠の質が改善することが期待されますが、DBS刺激自体が睡眠に直接影響を与える可能性も否定できません。
これらの研究結果を総合すると、精神疾患に対するDBSは睡眠・概日リズムに対して多様な影響を与える可能性があり、その影響は刺激ターゲット、疾患の種類、刺激パラメータ、そして個々の患者様の特性によって異なることが示唆されます。多くの場合、主たる精神症状の改善に伴って睡眠の質が二次的に改善する側面と、DBS刺激が直接的に睡眠・覚醒ネットワークや概日リズム調節中枢に影響を与える側面の両方があると考えられます。
臨床的意義と今後の展望
精神疾患DBSが睡眠・概日リズムに与える影響を理解することは、いくつかの点で臨床的に重要です。
- 治療効果の最大化: 睡眠障害は精神疾患の予後を悪化させる因子であり、DBS治療によって主たる症状が改善しても、睡眠障害が残存すれば患者様のQoLは限定されてしまいます。DBSが睡眠に与える影響を把握し、必要であれば刺激パラメータの調整や併用療法(認知行動療法、薬物療法など)を組み合わせることで、治療効果を最大化できる可能性があります。
- 副作用としての睡眠障害への対応: 一部の患者様ではDBS刺激により不眠や過覚醒が生じる可能性があります。このような副作用が生じた場合、それが刺激によるものなのか、他の要因によるものなのかを適切に判断し、刺激パラメータの調整や他の医学的介入によって対応する必要があります。
- 治療応答のバイオマーカーとしての可能性: DBS治療前の睡眠・概日リズムの状態や、DBS開始後の変化が、治療応答を予測するバイオマーカーとなる可能性も探索されています。例えば、特定の睡眠パラメータや概日リズムパターンを持つ患者様がDBSに反応しやすい、あるいはDBSによる睡眠変化のパターンがその後の精神症状の改善と関連するといった研究は、個別化医療の観点からも非常に興味深いものです。
- メカニズム解明への貢献: 睡眠・概日リズムの変化を客観的に評価することは、DBSが脳ネットワークにどのように作用し、精神症状を改善させるのかという、その複雑なメカニズムを解明する手がかりを与える可能性があります。例えば、DBSによる特定の脳波(LFPなど)の変化と、睡眠脳波の変化を同時に解析することで、DBS作用の神経生理学的基盤の理解が深まることが期待されます。
今後の研究では、より大規模かつ厳密なデザイン(プラセボ対照試験など)で、アクチグラフィーやポリソムノグラフィー(PSG)といった客観的な手法を用いて、DBSが睡眠・概日リズムに与える影響を評価することが重要です。また、異なる刺激ターゲットやパラメータが睡眠に与える影響を比較検討し、睡眠障害を考慮した最適な刺激戦略を開発することも課題です。さらに、脳活動モニタリング機能を持つ新しいDBSデバイスを活用し、睡眠中の脳活動とDBS刺激、睡眠パラメータとの関係をリアルタイムで解析する研究は、DBSの作用機序解明と適応的DBSの発展に貢献するでしょう。
まとめ
精神疾患に対するDBS治療は、主たる精神症状の改善を目指すものですが、その神経回路への介入は、精神生理学的な側面である睡眠や概日リズムにも影響を与える可能性があります。これまでの研究はまだ途上ですが、DBSが睡眠の質を改善させる可能性が示唆される一方で、刺激パラメータによっては悪影響を与える可能性も指摘されています。
DBS治療後の睡眠・概日リズムの変化を客観的に評価し、そのメカニズムを理解することは、治療効果を最大化し、副作用に適切に対応するために不可欠です。今後の研究によって、DBSが睡眠・概日リズムに与える影響に関する知見がさらに深まり、個別化された治療戦略の開発や、治療応答予測バイオマーカーの発見につながることが期待されます。これは、難治性精神疾患を持つ患者様の全人的な機能回復とQoL向上にとって、重要な一歩となるでしょう。